某所で新月予報を出している「星見当番」の裏日記。裏当番&裏テントチームが執筆を担当


by ura_hoshimi

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森茉莉ツアー続き

【引き続き裏当番記す】

森茉莉ツアーの続き。しかし最近前後篇ばっかりだな。

羅…ちがう邪宗門に入り、入り口近くの席に皆で座る。
森茉莉のお気に入りの席って、こんな入り口すぐの
窓際の所だったとは。なんとなくお店の奥の方かと
思い込んでいた。でも、たしかに写真で見ると大きな窓を
背にして座っているし、この場所なんだなと納得。

それぞれメニューを見て飲み物を注文。
森茉莉ツアーなのだから珈琲よりも紅茶であろう、と
紅茶を注文する。私はロイヤルミルクティーを。
普通の紅茶にホイップクリームの乗った
ウィンナーコーヒーならぬウィンナーティーというのを
注文した人もいた。

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私のところに来たロイヤルミルクティー。
同じものを頼んでも、一人ひとりカップが違う。
私のは、これピンクのハナミズキだろうか。
カップの縁や持ち手にあしらわれた薄い金がいい感じ。
森茉莉が「茶碗の縁などの薄れた金色が好きだ」と
どこかで書いていたのを思い出す。

邪宗門のロイヤルミルクティーは、ミルクたっぷりの紅茶の上に
更に軽くホイップされたクリームが乗っていて濃厚だ。
どうやらクリームにお砂糖が入っているらしく、何も入れなくても
ほの甘い。雨で寒かったので、温かみと甘みが嬉しかった。

森茉莉ゆかりの喫茶店に座り、備え付けの森茉莉関連の本や
雑誌のコピーを回し読みしたり、持ち寄った本を見たり。
邪宗門の店主に森茉莉の話をしてもらったりもする。

店主のおじさんが「そっと入ってきて、入り口のところで
恥ずかしげに佇む森茉莉」の物真似をしてくれる。
誰も生きている森茉莉を見たことはないのに、「似ている」
「雰囲気出てる」と喜ぶ(笑)。森茉莉のあの容姿で、
店主のおじさんがやったような恥ずかしげな物腰で
佇んでいたところを想像するとすごく面白い。

なお、邪宗門のおじさんは別に森茉莉に顔が似ているわけではなく
しいて言えば中村梅雀さんを年とらせたような感じの顔である。
(裏当番は、中村梅雀さんが好きなので、これは誉め言葉である)

森茉莉ツアーに参加したら、是非試してみたいものがあった。
京都在住のYさんからいただいた、フランス産のアニスキャンディ。
スミレの香りがする、通称「スミレ弾」を持参して、森茉莉好きの方に
味わってもらいたい。話の合間に、バッグから缶を取り出して勧める。

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その頃にはもうテーブルの上は皆が広げた本だらけで、その間に
カップがようやく載っている感じ。缶も本の上に置く。写っているのは
紙カバーがかかっているのがちわみさんの持参した『マリアの空想旅行』
その下に見えているピンクの花柄は、私が持参した布カバー付きの
『贅沢貧乏』新潮文庫版である。フランス産のクラシックな缶が
茉莉さん好みで可愛いと好評を博す。

缶を持ち上げて匂いを嗅ぐ人もいる。
匂いは嗅ぐだけでは意外とかすかでわからないのである。
舐めて初めて、その威力(笑)がわかる。ささどうぞ、お口の中へ。
裏当番の勧めで何人かがスミレ弾をつまみあげ、口に入れ…
強いスミレの香りに一瞬無言で驚く人あり微妙な表情をする人あり。
うっふっふ、予想どおりだ。楽しいな(こら)。

食べた人の一人が言った。「現実離れした味ですね。」
ええ、茉莉さんぽいでしょ(笑)。どちらかというと現実離れというより
「浮世離れ」なのだと思う。茉莉さんもスミレ弾の味も。
どちらも常識を超えた強烈な香気を持っているが
「こういうの」もちゃんと存在している(していた)というのが
本当の「現実」なんだと裏当番なんぞは思う。

浮世・俗世間と言われるものからは離れているが
スミレ弾も森茉莉も、存在する場所には存在する(した)というのが
本当の現実なのだ。森茉莉がよく引用した言葉のとおり
「さわってごらんなさい、一つの現実です」なんである。

(なお、この日裏当番がネタとして持参したのはスミレ弾と、
自作布カバー付きの古い森茉莉本三冊、それと表当番が作った
鴎外と森茉莉の占星術データを記したノートである。
スミレ弾の苦みのある香気はギドウの香り、という話と、
森茉莉と鴎外の占星術的特徴については話しそびれた。
占星術的ネタについては、掲示板で少し書いて
興味を持ってくれた参加者の方もいたのに残念である)

邪宗門での森茉莉談義の途中で、
地元の文学者について調べている男性の方が合流。
東京荏原都市物語資料館の管理人、きむらさんである。
取り壊される前の代沢湯内部の写真を見せてもらったり、
その方が主催している会で作っている、下北沢近辺の
文学マップをいただいたり、森茉莉についてお話したりする。

ちわみさんは、『貧乏サヴァラン』に登場する「かたばみ荘」という
「一つの寝台に枕が二つあるメゾン・ド・ゲテ」があった場所について
質問していた。きむらさんが「あれは○○の▽△▽の隣あたりですよ」と
さらっとおっしゃるのを聞いて内心驚く裏当番。

下北沢あたりに詳しい参加者の女性が「ああ、あの場所!」と頷く。
さすがに「かたばみ荘」は既にないが、その跡地に建っているのは
今でもやはり、いわゆる「一つの寝台に二つの枕のメゾン・ド・ゲテ」
なんだそうだ。かたばみ荘が実在したこと、その跡地が今でも
「そういう場所」であること、その両方が嬉しくおかしくて、笑う。

きむら氏は、「森茉莉と斉藤茂吉が鴎外の出版記念会で
顔を合わせているということについてどこかで読んだのだけど」
とおっしゃっていた。それなら私も確かに読んだ記憶がある!
どこだったかも覚えている!該当部分を開いてお見せした。
ちょうど出たばかりのちくま文庫『マリアの空想旅行』にも
収録されている『牟礼魔利の一日』にその部分があるのだ。
この一日で、唯一裏当番が役に立った瞬間であった。
(「で、あった」と書きたくなってしまう)

皆で話しているうちに
「森茉莉が好きな人には色々なタイプがいる」という話になる。
森茉莉好きの様々なタイプを並べた分布図のようなものがあるとして
私はいったいどのカテゴリーに入るのだろう、などと内心考える。

私はずっこけな森茉莉も好きだし、「凄い恋愛小説をお書きになる」
森茉莉も好きだ。自分のブログで、自分が森茉莉が好きなことを
公言しているがブログのテーマそのものは森茉莉ではないので、
「他の森茉莉好きの役に立つ森茉莉好き」ではない。
最初に手に取った森茉莉は『私の美の世界』と『贅沢貧乏』だ。
その次が少年三部作で、その次が『甘い蜜の部屋』である。

最初に読んだこれらの本は、かつて裏当番の母のものだった。
裏当番家では、父親を除く女衆三人全員が森茉莉を読むが
病膏肓に入ってしまったのは裏当番である。三人の間では
日常的に森茉莉語が飛び交う(現在は三人が二人になったが)。

部屋が足の踏み場もないほど散らかっていて目も当てられないと
「お前、部屋が森茉莉になってる」と言われる。
犬が散歩から帰ってくる。家族の誰かが玄関まで出迎える。
散歩に連れ出した人間が、森茉莉のセリフをもじって
犬の代わりに言う。「あしあらうおゆ」莫迦な母娘である。

裏当番が最も好きな森茉莉語録は
「親の言うことをうのみにしてぬうと育った私が
賢い子供でないことは認めるが」というものである。
11歳で森茉莉と出会って以来、読みふけっている裏当番は
この言葉を自分にそっくり当てはめてこう言うこともある。
「森茉莉の言うことをうのみにしてぬうと育った私が
賢い女でないことは認めるが」

ふと邪宗門のおじさんが話す声が耳に飛び込んできた。
おじさんいわく「森茉莉ファンの人っていうのは来るとすぐわかる。
まず、すぐにはドアを開けて入ってこない。例外なく、外から覗き込んで
窺うようにしてからそっと入ってくる。」あっはっは。確かに私も、
ドアを開ける前に窓から覗きこんで、お店の外観を眺めてから
やっと入ったわ。

適宜、席替えをしながら話を続ける。
森茉莉の指定席だった位置、窓を背にした椅子に
座らせてもらう。入り口のところから、森茉莉の亡霊が
こちらを睨んでいたら面白いのに、と思う。
森茉莉はお気に入りの席が先客に奪われていると、
客がどくまで入り口あたりに立って待っていたという。

話しているうちに、当初の予定より長居をしてしまったらしい。
邪宗門を出る前に、お店にあった募金箱にお茶代のおつりを投入。

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北沢川文学遺産保存の会の支援箱。北沢川とは、例の
森茉莉がセーターを捨てた川の名前である。
この箱、白地に青緑とピンクのチェック模様になっていて
マドラスチェックみたいな色あわせでかわいいな、
どこのお菓子の箱かしらと思っていた。しかしよく見たら、
このチェックはビニールの粘着テープを貼って作られているのだ。

やられた。たしか森茉莉関連本の中で、この箱と似たものの
話を読んだ記憶がある。その文章を書いた人が、ひそかに
「○○町の森茉莉」と呼んでいるホームレスのおばあさんの話。
紐靴(スニーカー)を履いているのだけど、その靴の紐が、
ソックスの色に合わせてなのか、ある日はカナリアイエローで、
ある日はスカイブルーだという。ホームレス(バッグレディかも)
であるのにおしゃれだなと思って見ていたら、その「靴紐」は
青と黄色の「荷造り用ビニール紐」であったという話。
裏当番はそのエピソードが妙に好きなのだ。

邪宗門を出て下北沢駅方面に向かう。
『貧乏サヴァラン』で森茉莉が買い忘れたものに気がつく
「ねじれた五叉路」の場所を見たり、その角にある庚申堂を
見たりする。洋食のスコットも見る。

踏み切りを渡って、下北沢商店街へ。
森茉莉が半生や黄身しぐれを買った和菓子屋さん「青柳」は
今でも営業中。今「青柳」がある場所は、かつて贅沢貧乏時代に
「風月堂」があった場所。もう黄身しぐれは売っていないそうだが
記念にお店に入って栗のお菓子を数個買う。栗最中と、
栗饅頭。家に帰ってからお茶を入れて食べた。栗最中の
小豆あんが絶妙な甘味でボリュームがあり美味しかった。

「白樺書院」という小さな古書店に立ち寄る。
そこの店主の方は若い頃、風月でボオイをされていたそうである。
森茉莉も見かけたことがあるとか。相当変な印象だったらしい。
裏当番、なぜかこの店で「江戸あねさま人形」についての本を購入。

下北沢駅まで歩いていって、そこで解散。
参加者の一人と、途中の新宿まで一緒に帰る。
森茉莉と鴎外のホロスコープについて、ノートを見せつつ
説明しようとするが、太陽サイン占い以上の占星術について
よく知らない人に口頭で説明しながら森茉莉と鴎外の
星の解説をするのはとても大変な作業であることに気付く。

結局、うまくは説明できず。文章にして表テントか裏テントに
載せようかとも思うが、占星術と森茉莉、両方を深く知る人以外には
面白くもなんともない文章になるなあと思うと、一体そんなもの
誰が読むんだ、という気分になる。それを言ったら
「書いてくれればまず今回の参加者が読むと思います」と
言われた。最低でもそのうちの二人が、ですね。
書こうかどうか、今でも迷っている。

天気は悪かったけど、楽しい午後であった。
日曜の夜すぐに感想を書こうと思っていたのに、
だらだらと過ごしているうちに一週間が経ってしまった。
やっと載せることができてほっとしている。
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by ura_hoshimi | 2006-06-18 03:29 | 裏当番記す
【代表して裏当番記す】

先週の日曜日(6月11日)、『森茉莉ツアー in 下北沢』に行ってきた。
森茉莉街道を行く(+長谷川時雨)の管理人・ちわみさん主催。
去年までは森茉莉ドット文学館の白川宗道さんが主催されていたそうだが
憧れつつとうとう参加できないまま今年まで来てしまった。
白川氏が亡くなられ、もうこういうツアーは開かれないのだろうなと
思っていたところ、今年はちわみさんが主催なさるという。
喜び勇んで申し込んだ。

裏当番は森茉莉並みの出不精、その上方向音痴で
とても一人では下北沢を歩けない。その上住んでいる土地から
下北沢に出て行くのがこれまた時間がかかる。

しもきたに 行きたしと思へども しもきたは あまりにも遠し

それでも今より少しばかり行動力があった学生の頃、
下北沢の駅から森茉莉ゆかりの風景を求めて歩いてみたことがある。
よせばいいのに八月の一番暑い時期に決行し、迷子になった挙句
熱射病になりかけた。以来下北沢には行かず、森茉莉ゆかりの地へは
(この前出たちくま文庫の新刊ではないが)もっぱら「空想旅行」で
済ませていたのである。

そういう裏当番にとって、ツアーは天の救い的企画である。
下北沢近辺の道をよく知る人にくっついて歩けるし、
何より「ほかの森茉莉好き」の方とお話ができる貴重な機会。
裏当番、わくわくと当日を待った。

当日朝。クレープシフォンのひらっとした黒いスカートに
白にビーズ刺繍のカットソー、黒い七部袖のカーディガンを選ぶ。
足元は柔らかい革の白いサンダル。そして「森茉莉ツアー」なので
ひとつは森茉莉に因んだものを、「薔薇色の貝の首飾り」をつける。
以前、新宿オカダヤでちょうどいいパーツを見つけて自作したもの。
お針部屋に写真を載せている。

折悪しく前日からずっと雨である。
晴れたら、気に入りの黒地に銀糸でスカラップのある日傘を
さして行こうと思っていたのだが、やむなく普段使っている雨傘をさす。
十六本骨で、白地に桜色、オールドローズ、ピンクベージュ、サーモンピンクの
一円玉大の水玉が碁盤の上の碁石みたいに整然と並んでいる傘である。

裏当番はこの傘が好きで、これまでに同柄で水灰色系の水玉のも買っている
(525円という安値の割にえらく丈夫で色柄もいいのが揃っているのだ)。
さして歩きながら、好きだけど森茉莉的ではないなとちょっと残念に思う。
黒服・黒日傘で薔薇色の首飾りだけが彩り、という状態で行きたかったが
ピンクの水玉で一気にぶちこわしである。まあいいか。

待ち合わせ時刻は12時45分。場所は渋谷東急プラザ一階の花屋前。
ツアー参加予定者は裏当番を含めて6人。主催者のちわみさんを入れて7人。
お互い顔を知らずに集まる参加者のために、ちわみさんが目印の本を持って
(森茉莉の顔写真が表紙になっている『森茉莉 贅沢貧乏暮らし』)
集合場所に立っていてくださるという。

集合時間少し前に着いて、しばらく見回しているとそれらしき人を見つけた。
小脇に森茉莉本を抱えていて、参加者らしいもう一人の女性と話している。
近づいて行って「あの森茉莉の」と言いかけたら、名乗ってないのに即座に
「裏当番(仮名)さんですね」と言い当てられてぎゃっと驚く。なぜわかる!?
私何か、一目でそれとわかるようなオーラでも出してますか。
そういえば春に京都に行ったときも、やはり森茉莉好きのYさんに
待ち合わせ場所で「すぐにわかった」と言われたなあと思い出す。

訊いてみたら、「いや、掲示板(参加者の交流のため、事前に設置された)で
背が高いって書いてらしたから」と。…あ、なるほど。そういえば書いたっけ。
(正確には「縦横に大きい体に猫獅子の心を搭載している」と書いた)
頭のサイズも大きい(森鴎外もびっくりの実寸58cm、帽子だと60cm級)と
書いたので、もしや頭の大きさで見分けたのかもという疑念も残る(まさか;)。
ともかく、無事に落ち合えてよかったよかった。

お一人、参加予定の方が体調を崩してしまったということで
裏当番を含めて5人プラスちわみさんの6人でツアー出発。
渋谷駅からバスに乗って、代沢へ向かう。下北沢の駅から行くよりも
渋谷からバスで代沢へ向かい、そこを出発点にして下北沢へ向かう方が
初めて行く人にはわかりやすいのだそうだ。バスは比較的すいていて
皆で後ろの方の席を占拠して早くも森茉莉話をはじめる。
ちわみさんが用意してくださったコピー資料もバスの中でもらい
さっそく眺める。メンバーは皆穏やかそうな雰囲気の女性で
話しやすくてとても助かった。

代沢でバスを降りる。雨の中をぴしゃぴしゃ歩いていく。
まず目指すは「代沢ハウス」である。まだあるんだ!と驚きの裏当番。
勿論、途中で建て換えたりしたのかもしれないけれど、本当に
ここに住んでいたんだなあ。おおちゃんと「代沢ハウス」と書かれている。
記念にプレートを撮影。雨だったので、画像が暗い。

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建物本体は、白と赤みがかった薄い茶色(森茉莉なら代赭色と言うだろう)の
二色のタイル壁である。想像していたよりも大きく四角い建物だったのに驚く。
一応傘ごしに外壁を見上げて撮影したのだが、面白みのない写真なので
割愛する。ここで小火騒ぎを起こして(ゴキブリ退治にリグロインを使ったため)
それで最後の住居であるフミハウスに移ることになったんだっけ。
当時同じ建物に住んでいた人で、今でも残っている人は居るんだろうか。


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恐るべきことに(何が恐るべきなのかよくわからないが)
代沢ハウスは6月11日現在「入居者募集中」であった。
「誰か住んでみます?」などと言い合いつつ貼紙を撮影。
私は、うーん、森茉莉ゆかりの「代沢ハウス」だからといって
住みたいとまでは思わない。邪宗門が近いのは魅力的だけれど。

次に、代沢ハウスの前に森茉莉が住んでいた「倉運荘」へ向かう。
『贅沢貧乏』や『貧乏サヴァラン』で「白雲荘」の名前で登場した
ボロアパートである。こちらも、建て直しはしたものの同じ場所に今もある。
音は「そううんそう」だが漢字は「創運荘」である。本来はこの字なのだが
森茉莉は「倉運荘」という風に書くのを好んでいたらしい(初めて知った)。

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ご覧の通り、今はアパートではなく「創運マンション」という名である。
『贅沢貧乏』時代は木造アパートであったが、さすがに今はそうではない。
もっとも「マンション」と言われると「マンション?」と首を捻ってしまうが…


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写真だけでは何が何だかわからない感じの、創運マンション外観(の一部)。
雨の中、傘をさしながらの撮影なのでろくなアングルのものがない。
建物を見上げて撮るより、脇の植え込みを撮影してくればよかったな。
青木やヤツデなんか、昭和っぽい香りのする庭木が植えてあって
その陰に今でも黒猫ジュリエットがしゃがんでそうな雰囲気だったから。
そこの物陰だけが、唯一贅沢貧乏的光景だった。

その後、森茉莉が住んでいた頃には魚屋であったというお店
(現在はお寿司屋さんになっている)の前を通ったり、
「馬込屋」というお店(『貧乏サヴァラン』で「近所の馬込屋が
早々とダイヤ氷を売るのをやめたためである」という形で
間接的に登場する食料品店)があった場所を見に行ったりする。

銭湯「代沢湯」の跡地へも行った。
つい去年まで現役の銭湯として営業していたそうだ。
今は、駐車場にするということで銭湯の建物は取り壊され
赤土がむき出しになっていてロープが張られている。

しばし、代沢湯跡地で「銭湯と森茉莉」について話が弾む。
「『勿論目はつぶるのである』とかね!」だの「上等の石鹸泡立てて」だの
「脱衣所でラオコオン、いやラオコオンは洗濯のときの話か」
「銭湯は『大鵬が女の人のスリップを着るときのような格好で
踊りを踊らなければ着られない』ですよ」だの。
雨の日に、女六人が傘さして銭湯の跡地で森茉莉談義。
天候のせいか、他に通る人とてなかったけれど
もし地元の人が通りかかったら一体どう思われたことやら。


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森茉莉が「穴のあいたスウェータア類」を捨てに行ったという川にも行った。
イメージしていたよりも川の幅が狭い。なんでも、この川は一旦埋められて
(埋め立て、ではなく蓋をして地面の下を流れるようにした「暗渠」ですな)
近年になって再び川底を整備して水がその上を流れるようにし、
周りに桜の木などを植えて遊歩道にしたのだという。


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覗き込んでみると、なるほどそう深くはなくコンクリの川底が見える。
川というより「水路」である。いまセーターを放り込んでも
全部沈みきる前に底につくだろう。しかしこんな人工的な環境でも
生き物はいるらしい。地元の小学生が雨の中ザリガニ釣りをしていた。
「ザリガニもいるし、鯉から何から居る。」とはその少年の弁。
いまどきの小学生と話すのは久しぶりだが「鯉から何から」という
その言い回しが妙に昔っぽくてちょっと笑いたくなった(しかし我慢する)。

なお、森茉莉といえば「夜中にこっそりと川に衣類を捨てに行った」であるが
当時この川には近隣の人が結構色々なものを捨てていたそうで
この件に限っては、森茉莉がエキセントリックだったわけではないという。
橋の上で、川を撮影する参加者たち。主催者のちわみさんは
「初めて来られた方はたいてい皆この川の写真を撮るんですよ」と
笑っておられた。

ここまでで数十分ほどだったと思う。
その後、森茉莉が入り浸っていた喫茶店「邪宗門」へ向かう。
一度は行ってみたかった場所、むろん裏当番は初めて行く。
(学生時代に下北沢駅から歩いた時は辿り着けなかったのだ)
ところで裏当番は、森茉莉好きを公言しているにもかかわらず
三回に一回くらいの割で「邪宗門」を「羅生門」と言いまつがう。
「門」しか合っていない。

森茉莉関連本などで、邪宗門内部の写真は見たことがあるが
外観などは全く知らなかった。「邪宗門」なんていう名前だから
外から見た雰囲気なんかも怖い感じなのかと思っていた。
見れば小ぢんまりとした、かわいらしくさえある店構えである。
魔法使いのおばあさんが一人暮らしをしている家っぽくもある。

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入り口傍の、楓らしい木の赤い若葉がかわいかった。

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長くなってきたので、お店に入ってからのことは次回。
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by ura_hoshimi | 2006-06-18 00:34 | 裏当番記す