某所で新月予報を出している「星見当番」の裏日記。裏当番&裏テントチームが執筆を担当


by ura_hoshimi

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M属性。

先日の、胡乱な日記が一番上にあるのも何かとアレであるので。
今日も裏テント日記を更新。
(タイトルと本文の内容はほとんど関係ありません。)

年末に買った金属の湯たんぽ、愛用中である。
最初はわざわざヤカンでお湯を沸かして入れていたが、
台所の湯沸し給湯器のお湯(75度)でも、朝まで充分保つ。

布団の中に入れっぱなしだと、前の晩入れて寝て、
次の夜に入れ替える時まで温もりが残っている。素晴らしい。
森茉莉風に、生乾きの洗濯物を熱い湯たんぽに巻きつけて
「すっかり乾いて熱く」なるかどうかを試してみたいのだけど、
まだやってみない。

前回湯たんぽのことを日記に書いた時、
買ったのは「M」サイズの湯たんぽであると書いた。
本当はこれよりも一回り小さなサイズがほしかったのに、
これで「M」だというのなら、「L」はどれだけ大きいのだ、と
ぶつぶつ言いながら買ってきたのだが。

ある日、たまたま湯たんぽの湯を入れ替えようとしていたところに
母がやってきたので「Mサイズの湯たんぽ」について説明した。

すると母、失笑してラベルを指さし
「お前これは、『大型』の湯たんぽではないか」と言う。

「そんなわけがない。ラベルのここのところに『M』と書いてある」と娘。

「どこを見ておる。ここに『大型』と書いてあるわ。」
と、母は娘の指した箇所の隣を指でぴたぴた叩き、
さらに追い討ちをかける。

「そのMは『Metal』の頭の『M』だ。おろかもの。」

「…あ。」

以前の日記に載せたのと同じ写真。ご覧いただきましょう。

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「大型」よりも「M」が目立つじゃないかっ!
紛らわしいったらありゃしない。

購入先のホームセンターでも、担当者がまつがえたに違いないのだ。
だって、お店のシールに「ユタンポ Mサイズ」って印字されてたもの。

さてそのMで大型の湯たんぽ、中身が空の状態で350グラム以上ある。
お湯が3.6リットル入るので、満タンにすると4キログラム近い。
実に重たい。抱えて階段を上るだけで腱鞘炎になりそうである。
だからといってお湯を口まで入れておかないと、中身が冷めたときに
気圧の関係で蓋が取れなくなるので、湯量を減らすわけにはいかない。

しかしこの重さのおかげで、危惧していた「蹴り出し」は起こらないと判明。
大体脇腹の辺りに置いて、自分は横向きに寝ているのだけど、
ちょっと寝返りをうったくらいでは動かないからだ。

今日も、ついさっき湯たんぽの湯を入れ替えてきた。
中身が満タンであるにもかかわらず、今日は蓋の機嫌が悪くて
どんなに捻ってもちっとも緩まない。10分くらい格闘しても開かない。

なりが大きいのに手の力がない、とそんな役に立たない所だけ
敬愛する森茉莉に似ているのが困る。
(きっと当番が12歳だったあの年に、世を去った森茉莉の遺伝子が
世田谷から空を飛んできてくっついたのに違いないのだ)

泣きそうになりながらうんうん捻る。やっぱり開かない。
ジャムの壜を開けるときに蓋の部分をお湯に浸けるなあと思って、
蓋の上にカップ一杯の熱湯を注いでみる。蓋が熱くなって、
ますます捻りにくくなっただけで、やっぱり開かない。

最後は、蓋にくっついている、角ばった金属の輪っかのところに
(上の写真参照。この輪が何のためについているか不明。)
菜箸を一本差し込んでハンドル代わりにし、テコの原理で力をくわえて
ようようネジ蓋を回転させることに成功した。

お湯を入れなおして蓋を締めながら、果たして森茉莉さんは
湯たんぽのネジ蓋が開かなくて難儀したことがあったろうか、
と、思った。そんなにきつく締めたつもりがなくても、
いざ開けようとすると固くて開けられない、ということがあるものだ。

そういうときは、どうしていたのだろう。
誰か人が来た時に、頼んで開けてもらっていた、とか?
また、小さなサイズの湯たんぽでも、お湯は2リットルくらいは
入る筈で、そうすると湯たんぽそのものの重さと合わせて
2キロ半近くなる湯たんぽを、あの腕力のない人が
どうやって持ち上げて寝台まで運んだろうか、とも思う。

森茉莉式湯たんぽ生活、結構腕力が要るのである。
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by ura_hoshimi | 2006-01-22 23:38 | 裏当番記す

…で払ってもらおう。

【裏当番記す】

久しぶりに、裏テントらしく胡乱なネタ。

自分の疲労あるいは老k…いやそのえーと…衰え、
を、感じるのは、どういうときであるか。

人間生きていれば大小に関わらず、色んな欲に対処する必要が
ありますな。食欲だとか読書欲だとか物欲だとかなんだとか。
色んな欲…の、中には、大っぴらには言えない胡乱な欲もあって。
早 い 話 が 色 欲 で す が 。

裏当番といえど女一匹、 色欲と無縁ではない。
以前は色々な形でそれに対応してきたわけだけれど、
最近、ダメなのだ。できない。最近、平日夜は常に瞬殺である。
要するに、どうこうする前に眠ってしまう。そして朝まで起きない。

毎晩ベッドで睡魔と色魔(と、一応呼んでおく)が戦うのだが、
最近のうちの睡魔様は強すぎて、色魔さんは0.1秒でマットに沈む。
寝る前にどんなにその、ええと、興奮するようなことがあって、
どうにか落とし前をつけてからじゃないと眠れない、と思っていても
それはベッドに行くまでの話で、ベッドに入った途端、負ける。

だったらベッドに行く前に、外で済ませて来ればいいじゃないか(何を?)、
という話もあるが、裏当番はどちらかというと畳の上で死にたい派である。
いや、単に終わってから寝場所に移動するのが面倒なだけだけど。

ただし、疲れているのか衰えているのかわからないけれど、
枯れてしまったわけでもないらしい。というのは、その欲が、
消されることのないまま、ただひたひたと溜まっていくから。

起きている状態で、物理的に、解消できないというのなら、
別の形で払ってもらおうか、とばかり、最近寝ると夢を見る。
絵に描いたような、即物的な、ソレ系の夢を。
おかげで毎晩睡魔に瞬殺されて入眠時間が早いのにもかかわらず、
眠りは非常に浅い。取れない疲労は翌日に持ち越される。
そしてまた、夜は睡魔に襲われる。悪循環である。

なおこれは平日の場合で、休日はこの限りではない。
休日でもっている、ような感じだ、最近は。やれやれ。
さて、そろそろベッドに行きますか。
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by ura_hoshimi | 2006-01-22 02:39 | 裏当番記す

裏チームの年末その2

恐怖の窓拭きを終えて、部屋もざっと片付けて、
そこで力尽きて裏チームの大掃除・終了。

最近制作活動休止中のお針当番は、あたらしいブログを作った。
あみねこ歌劇団!仮オープンである。
ねこのあみぐるみを役者に見立ててモーツァルトのオペラ
『フィガロの結婚』を演じさせようというブログである。
もっとも、まだ役者もセットも揃っていないので、
上演がいつになるか皆目わからない。本家お針カゴと、
ドール服作りも並行してやっていくのでノロノロ更新になる予定。

この冬、お針の手も止まりがちである。
材料が溜まっていく一方なのでなんとかペースを取り戻したい。
「娘」たちよ、手の遅いお針子ですまぬ。

掃除を適当に済ませて、裏・食事の両当番は年末の買出しへ。
食事当番は、年越しに焼いて食べるのだ、とマシュマロを買う。
裏当番はホームセンターで探しもの。この冬は寒すぎる。
ババパッチデビューまでしてしまったが、夜寝るときがまた寒い。
しかしエアコンをつけて寝ると肌と喉がやられてしまう。
悩んだ挙句「湯たんぽを買おう!」と思いついた。

森茉莉だって使っていた、由緒正しき冬の友・湯たんぽ。
そうだ、この冬は「昼夜絶えまなく湯たんぽを熱くして、
寝台に埋まり、マルセル・プルウストを気取」っていたという
森茉莉を気取って(ややこしい気取り方である)、
「贅沢貧乏式湯たんぽ生活」をしようではないか!

小さい子供の頃は、うちにも湯たんぽがあった。
プラスチック製で、ひとつはクリーム色、ひとつはピンクかオレンジ系で
クリーム色の方は白菜を漬けるプラスチックの樽に似た色だったと
記憶している。まだ団地住まいで、家族四人が川の字(?)に
一つの部屋で寝ていた頃の話だから、3~4歳の頃か。

一戸建てに引っ越してから、多分小学校の中学年くらいまで
あの湯たんぽを使っていたと思うのだけど、
いつの間にか使わなくなって存在を忘れてしまった。

今回買う湯たんぽは、金属製にしようと決めていた。
あの、カメのお腹みたいな楕円形のブリキのものである。
いくつかのお店で見たプラスチック製のが、どれも厭な感じの
濃いオレンジ色で気に入らなかったというのもある。

多分、『贅沢貧乏』に登場した湯たんぽも金属製だったと思うのだ。
はっきりと「金属製」とは書かれていないが、下着やタオルを洗った時に
「雪の日なぞで乾ききらないときは熱くした湯たんぽに巻きつける。
すっかり乾いて熱くなっている。一挙両得である。」

と書かれているので、金属製の湯たんぽに熱湯を入れて、
生乾きの洗濯物を巻きつけておいて適温になるのを待ったのだろうと
想像している。プラスチック製のものだと、熱伝導が悪い分
なかなか洗濯物も乾きにくいと思うのだがどうだろうか。

それに、森茉莉の美意識・色彩感覚から言っても
オレンジやピンクなどの色が多いプラスチックの湯たんぽよりも、
ぐるぐると巻きつけた真っ白な洗濯物の隙間からブリキの銀色や
アルマイトの薄い黄金色をした湯たんぽが覗いている方が
より「らしい」と思うのである。たしか銭湯に行くときの洗い桶も、
プラスチックのでなく「アルマイトの薄い黄金色」のを使っていた筈だ。
でも、プラスチックのでも、丸くて真っ赤で、注ぎ口の蓋が黒いゴムの
テントウムシみたいな外国製湯たんぽだったら、茉莉さんも
喜んで使ったかもしれない、と想像している。

(「テントウムシみたいな外国製湯たんぽ」というのは、
裏当番が今、書きながら思いついたものなので
本当にそういう商品が存在するのかどうかはわからない。
あるんだったら伊太利製のような感じがするな。
イタリア人が湯たんぽを使うかどうか知らないけれど。
英国人は使うよね。『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』の冒頭で
リドル屋敷の元庭師、フランク老人が使ってたもの。
『贅沢貧乏』によればマルセル・プルーストも使ってたそうだから、
フランス人も湯たんぽは使うんだろう。)

さて。で、裏当番は立ち寄ったホームセンターにて、
めでたく目的の「金属製湯たんぽ」を発見・購入した。

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これこれ。「亜鉛鉄板製・ゴムパッキン付き」って書いてある。
昔ながらの由緒正しい金属製湯たんぽさんだ。
なんと、直火OK。プラスチック製にはできない芸当じゃのう。
直火にかけることは多分ないと思うけど、一応感心してみる。
サイズはこの大きさしか置いてなかった。これで「Mサイズ」だって。
私が欲しかったのはこれより一回り小さいのだったんだけどな。

この「M」の湯たんぽ、かなり大きい。
3.6リットルも入るのだ。本体の重さが560グラムとあるので、
お湯を満タンにしたら4キロ越えるのである。重たい。
だからといってお湯を半分くらいしか入れないと、後で冷えた時に
中の圧力が下がって、気圧の関係で栓が取れなくなるので
(お吸い物を入れた椀の蓋が取れなくなるのと同じ原理)
お湯は必ず口のところまで満タンに入れなければならないのである。

(最近のプラスチック製湯たんぽには、圧力調整内蓋がついていて
お湯の量が少なくてもラクに蓋を取れる製品がある。便利なんだけど
色がピンクで気に喰わないので買わなかったんである。)

バスタオルで包んだあったかい湯たんぽを抱えて階段を登ってると
なんだか赤ん坊を抱いているような気分になった。固いけど。
これで「M」だというのなら、「L」はどれだけ大きいのであろう。

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お湯で満たし、バスタオルで包んだ湯たんぽ。
布団の中に入れて、足を突っ込むと極楽。
今日(1月1日)から使い出して、布団に仕込んだまま
これを書いているのであるが、まだその状態で眠ったことはない。
それでちょっと心配なのだけど、実は以前湯たんぽを使っていた時は
床に布団を敷いて寝ていたのだ。今はベッドで寝る生活である。
で、「第一次湯たんぽ時代」にはよく、朝起きると
布団の外に湯たんぽが蹴り出されていたものである。
今、これを書いていて思い出したんだけど。

初めてベッドで湯たんぽを使うのだけど、
やっぱり蹴り出してしまうだろうか。床はフローリングで、
部屋は二階なんである。ベッドから床まで、およそ35cm。
蹴り出して床に落下したら、凄い音がする筈だ。
きっと家中みんな起きてしまう。バスタオルに包んではあるが、
万一角が当たったら床に傷もつくだろう。どうしよう。

今使っているベッドには、ヘッドボードはあるけれど
足もとの方には板がない。ボックスシーツの上に
フラットシーツを敷いて、フラットシーツの足もとを
マットレスの下に折り込んであって、そこに潜り込んで
寝ているから一応足元は袋状になってるんだけど、心配だ。
布団から出して安全な場所に置いてから寝た方がいいだろうか。

夜も更けたので、とりあえず寝てみる。
贅沢貧乏式湯たんぽ生活・不安混じりの初夜である。
蹴り出しませんように蹴り出しませんように蹴り出しませんように。
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by ura_hoshimi | 2006-01-02 02:23 | 裏当番記す

裏チームの年末その1

2006年である。裏当番である。
例によって年末年始は「巣」から動かず丸まって過ごす、
怠惰な宿主どのと裏チームである。

年末の大掃除は、かろうじて床に積みあがっていた本を棚に戻し、
部屋の南側にある大きなガラス窓だけ真面目に綺麗にした。

久々にお庭番が出てきて、ずっと部屋の中に閉じ込めていた鉢植えを
ベランダに出し、ワイルドストロベリーの枯葉をむしってやったり、
伸び放題に伸びていたバラ(プリンセス・ドゥ・モナコ)の
枝を切り詰めてやったりと世話を焼いていた。

窓ガラス拭きでは、久々の恐怖を味わった。

宿主どのの部屋の外にはウッドデッキがあるが、
ウッドデッキの床は部屋の床よりも高い位置にあって、
デッキに出るには二段の踏み台を登って窓から出る。
そこの窓を拭くわけだが、この窓も背が高くて、デッキ側からでも
身長168cmの宿主どのが精一杯手を伸ばしてやっと上端に届く位。
部屋の中からだと、床上75cmくらいから、天井近くまでになる。
(宿主どのの部屋は、けっこう天井の高いつくりになっているのである)

その窓を、デッキ側から水をじゃぶじゃぶかけて洗っていた時のことである。
アルミサッシの雨戸が通るレールの上端に、なにやら黒いものがついている。
殻つき落花生ほどのサイズで、なんだか繭っぽいものだ。
白い糸っぽいものも見える。うへぇと思った。形からしてあれは、
蛾か蜘蛛が卵を生んでいったのだ。あれは、取って捨てなくては。
取らなきゃあそこで孵化してしまう。でも怖い。すごく怖い。

裏当番、虫はあまり怖くないが、虫の卵は怖い。
正確に言えば、小さな虫が単体でいるのは怖くないが、
小さな虫や、その卵など「小さなものが密集しているもの」が怖いのだ。
その卵から、ちっちゃいのが一斉に孵化してウゾウゾ動いたりするのなど、
この上ない恐怖である。カマキリの卵とか、駄目である。

あと、実を言えば「トムとジェリー」みたいな昔のアメリカアニメでよくある
「『ウワァ~ン』と唸っている蜂の雲に追いかけられる」みたいなのも
怖くてたまらない。それから顕微鏡で見た細胞の映像とかも、
一度考え出すと怖い。一旦その考えにハマりだすと、ミカンとか
グレープフルーツとかラズベリーとか明太子とかも怖くなってくるので、
食べるときには思い出さないようにして必死で食べる(味は好きなのだ)。

あと、高校の生物の教科書に載ってたカエルの卵の「卵割」は
写真・イラストともに恐怖の極致であった。ああ怖い。気持ち悪い。

「自分の体が細胞の集まりである」ということも、
極力思い出さないようにして生きている裏当番である。
想像すると怖くて仕方がないのだ。液体で満たされた、
薄い膜のある「細胞」という粒粒が集まって自分ができている事実が。

「細胞」というものの存在を知った小学生の頃から怖くて仕方がない。
だってある日、ビーズのネックレスの糸が切れるみたいにして
細胞と細胞とをくっつけていた「力」がなくなってバラバラになって、
ちょうどほら、蜂の大群が何かに邪魔されて四方八方に散るように
「ぞわっ」と自分が崩れるんじゃないかという、妄想。
そして地に落ちた細胞が踏まれてプチプチつぶれるのだ。鳥肌ものである。

そう、もっと子供の頃は鳥肌が立つことそのものが怖かった。
あの「ぞわっ」が自分という砂山が崩れる前兆みたいに思えたから。

だから、子供の頃本で読んだ怪物で一番怖かったのは
ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』に出てきた
「群集者イグラムール」だった。自分の悪夢がそのままの形で
本に出てきた!と思った。本当に本当に、怖かった。
今でもアレが出てくる場面は怖い。金属のうなり声まで、
耳にリアルに聞こえてくる気がする。

何の話かというと、窓掃除中に見つけた虫の繭のことである。
とりあえず、ホースの口を「ジェット水流」に切り替えて
水圧で吹き飛ばそうと試みた。…取れない。どうしても取れない。
うう、やだなあ、怖いなあと思いながら、古割り箸で絡めて取った。
取ったものはすぐにぼろきれに割り箸ごと包んでゴミ袋に入れた。

そして窓を洗剤で洗って布で拭きあげた後、使用済みのボロ布と
バラの切り枝やイチゴの枯葉も同じゴミ袋につっこんで、
そのゴミ袋を持ってデッキから部屋に戻った。

一仕事終えた~!と部屋に袋を置いたまま階下へ行き、
コーヒーのマグを持って上がってきて、こんどは部屋の掃除。
いらない紙くずが結構出たから、さっきのゴミ袋に一緒に入れてやれと
袋の上にかがみこんだら、ギャ~((((;゚Д゚)))!

エアコンがきいていて暖かかったのがいかんかったのか。
あんなに水をじゃばじゃばかけていたから、中に何が入ってたとしても
もう死滅していると思ったのに。「中身」はばっちり生きていて、
部屋の暖かさに誘われうじゃうじゃうじゃと…ゴマ粒ほどの小蜘蛛が~!

「蜘蛛の子を散らす」という言葉のリアルな状態を
ばっちり目撃してしまった。顔中の血の気が音を立てて引いた。
ぞわぞわぞわっ。慌てて、手近にあった紙ゴミをありったけ
袋に詰め込んで、口をギュウギュウ縛った。そしてその袋を、
さらに別のゴミ袋に突っ込んで厳重に縛った。
出るな出るな出るな、出てきてくれるな。頼むから。

心臓に悪い、年末掃除であった。
ところでこんなにも「小さな粒が密集しているのが怖い」裏当番であるが、
ラズベリーは怖いくせになぜかイチゴの種の粒粒は怖くないのだ。
お庭番が育てているワイルドストロベリーも怖くないし、
イチゴジャムだって平気だ。

でもひまわりの種が密集してるのは怖い。
蜂の巣の六角形が密集してるのとか、まつぼっくりもたまに怖い。
それから「サンゴの一斉産卵」の映像は恐怖の極致である。

それから怖いものといえば手塚治虫の描く
「ぐじゃっとした細胞の塊らしきもの」が最高に怖い。
『火の鳥・未来編』とか、近未来SFものでよく出てくるやつ。
変な培養タンクみたいなので細胞を培養して生物を作ろうとしてて、
でも失敗しちゃって、タンクの外に出ると形を保っていられなくって、
「じゅぶじゅぶ…ブクブクブク…」とかいって泡みたいな
細胞の塊になっちゃって床に積みあがってるの。
あれがもう、泣きたいくらい怖い。

自分でもなぜなんだろうと思うくらいの「細胞恐怖」である。
一旦その恐怖感を思い出すと、お鍋の白菜までもが怖いのだ。
あの葉先の「ちりちりぷくぷくっ」とした凹凸感がどうもいけない。

これを読んで、今まで怖くなかった白菜や明太子が
怖くなってしまった人がいたらごめんなさいである。
裏チームの年末・その2に続く(2は怖くない話)。
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by ura_hoshimi | 2006-01-02 00:53 | 裏当番記す