某所で新月予報を出している「星見当番」の裏日記。裏当番&裏テントチームが執筆を担当


by ura_hoshimi

スター・ヒース

【お庭番記す】

前々回の、幻のアネモオヌに続く幻の花物語。
今回もまた、森茉莉の作品から。


スターチスという細かな、美しい花があって、私はその花が大好きである。
英国の小説に、倫敦の郊外にヒースという花が茂っていると、書いてある。
それをスター・ヒースと言っていてスターチスと、
つづめて呼んでいるのだと思う。
(森茉莉 『ドッキリチャンネル』より)


お庭番がこの文章を初めて見たのは、ちくま文庫の
『マリアのうぬぼれ鏡(早川暢子―現在は早川茉莉―編)』である。
同じちくま文庫で中野翠編の『ベスト・オブ・ドッキリチャンネル』には
この箇所は収録されていなかったと思う。その後、復刻版全集を入手して
やっとこの箇所の前後を読むことができた。

上の文章が週刊新潮に掲載されたのは1984年。
(全集で調べたが、掲載年しかわからない)
読むたびに、どうしても笑いがこみ上げてきて
「茉莉さーん…!」と肩に手を置きたくなる箇所である。

この笑いは敬愛の笑いであって、決して決して、
森茉莉が嫌った「いやな薄笑い」ではないのである。
(少なくともお庭番はそう信じている)

ちょうど自分の実の祖母が外来語のことで
何かかわいい勘違いをしていて、それをうっかり
人前で披露しちゃった時に、傍で聞いていて
(おばあちゃーん…それ違うよー、面白いけどー!)
と思うような気持で、「茉莉さーん…!!」と思うのである。

(実際には、森茉莉はお庭番のおばあさん世代ではなく、
ひいおばあさん世代である。お庭番の祖父が、
森茉莉の長男・ジャック氏と同い年だから。)

スターチスの綴りはstatice 「スター・ヒース」ではない。
ギリシャ語のstatizoが語源。スタティーゾとは「止める」の意。
下痢止めの薬効があるらしい。

スターチスはイソマツ目イソマツ科イソマツ属。
以前は「スターチス」が種名であったが、現在は
植物学の分類が変わって「リモニウム」と呼ばれることが多い。

地中海沿岸原産で、全世界の海岸やステップ、砂漠など
乾燥した地帯によく生える。日本にも近縁種が自生している。
なお、英語ではwavy leaf sea lavendarの異名もある。
特徴(葉の形・花色・生息地)をよく表している名前だと思う。

なお、「倫敦の郊外に咲くという」ヒースは
ツツジ目ツツジ科エリカ属の総称。
南アフリカ・地中海・ヨーロッパなどに自生。
日本でも、園芸種のヒースが「エリカ」という名で
売られていることがある(ジャノメエリカ・スズランエリカ)。

「エリカ」というと人の名めいて、ヒースの日本名が
エリカなのかと思ってしまうが、エリカの綴りはerica
何語に由来していて、どんな意味なのか知りたい。
英名ヒースheath はもともと植物名ではなくて、
「荒地」という意味。それが、荒地に咲くエリカの名になった。

話は突然逆戻りするがお庭番は、スターチスを
「スター・ヒース」だと思っている森茉莉が可愛くてしょうがない。

植物学的分類も、原産地もどうでもいい、森茉莉が、
英国の小説に出てきたヒースとスターチスを結びつけて、
「スター・ヒース」と言ったなら、森茉莉の世界においては
もはや「そういうもの」なのである。

(しかし、本当に仏蘭西語以外の横文字には
とことん弱いお人だったんだなあ)

森茉莉が書く花の描写には、印象で書いているものが多くて
たまに大幅に間違っている(と思われる)ものもある。
その代表が「スター・ヒース」なんだが…と、これを書くために
『マリアのうぬぼれ鏡』を引っ張り出したら、件の箇所は
「空想」という章に載っていたので大いに笑った。
お庭番、今までそれに気付いていなかったんである。

(『マリアのうぬぼれ鏡』は森茉莉の作品から集めた
短い引用を「贅沢」「食い道楽」「幸福」「お洒落」など
11種類に分類して収めてあるポケット名言集的な本である)


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ピンボケ写真だがスター・ヒーススターチス。
この前、外出先の花屋さんで安売りしていたので
懐かしく思って買ってきた。白・濃紫・薄黄色
濃い紫みのピンクにあけぼの色。


紫と、薄黄とがあって、紫の方はその細かな花の中に、
小さな星のような花が咲く。それがひどく可憐である。
(同じく森茉莉『ドッキリチャンネル』より



「スター・ヒース」は間違いだが(でも、何ともかわいい間違いである)、
この「細かな花の中に小さな星のような花が咲く」は本当。
ただ、森茉莉が言ったように紫の花にだけ咲くのではなく、
ほんとうはどの色のスターチスにも小さな星の花が咲く。

スターチスの、花弁のように見えるのは実の所ガクで、
その中に咲く「小さな星のような花」が本当の花なのだ。
実はこの花、ごく短期間で散ってしまうので、
店売りのスターチスだと、既に花が散ってしまって
ガクだけになってしまっているものも多い。
(ドライフラワーにすると、この小さい花は落ちてしまう)

お庭番は、スターチスの色鮮やかなガクの中に、
ちゃんと白い花が咲いているものが好きである。
森茉莉も、その小さな花をちゃんと見ていて
「可憐だ」と言っているのがお庭番としては嬉しい。


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森茉莉が好きだと言った紫の花には「白い星」が
出ていなかったので、代わりに紫みの濃いピンクの花。
点々と見える白いのが、ほんものの花。
まったくスターチスは、星入りに限る。
可愛さ限りない、と森茉莉なら言うだろう。


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これは、薄い黄色のスターチス。これだけは黄色い星が咲く。


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この色のスターチスは、珍しい。
スターチスのピンクは、赤紫を薄めたようなのが多いのに、
このピンクには紫みを感じない。サーモンピンクを濃くしたような
お庭番の好きな言葉を使うなら「あけぼの色」という感じの色。
花屋さんに「この色のスターチスは珍しいですね」と
声をかけたら、「確かに珍しいです」と言っていた。

スターチスの色で、お庭番が好きなのは
薄紫と薄黄色。今回、黄色の薄いのはあったけれど
紫は濃い色しかなくて残念。しかしあけぼの色は収穫だった。

『マリアのうぬぼれ鏡』では、「それがひどく可憐である」
までしか引用されていなかった。全集を買って、
スターチスの箇所を探して読んでみたら、
この後半がまた可愛さ限りないのである。


嬉しいことに、私の所に用事を手伝いに来てくれる、白川宗道さんが
今度結婚した女(ひと)のお実家で、その花を栽培している、
ということで、薄い黄色の方は東京ではよく切れていて無いので、
今度からは、白川さんの奥さんのお実家から、いただける。
この間、白川さんがスターチスを下さったが、ごくごく薄い藤色のと、
少し紅味(あかみ)がかった紫のしか、その時にはなかった。
今度薄黄色のを下さるのを、待っている。とにかく今私は、
薔薇より、六月に咲く紅い(あかい)百合より、紫式部
(久米さんの近所の花やにある、紅みを帯びて小さな、
花というより何かの実のような花の名)より、
紫のと、薄黄色とのスターチスを、待っている。


紫式部は「実のような」じゃなくて本当に実ですよ、と
軽く突っ込んでおくけれど。

用事を手伝いに来てくれる人の、新婚の奥さんのご実家から
花を貰って「藤色と赤紫しかなかった」と文句を言ってるように
思えるが、まあ最晩年(1984年)のことでもあるし、
森茉莉だし、いいとしよう。「今度薄黄色のを下さるのを、
待っている」と雑誌に書いてまで催促されて、白川さんの
奥さんも苦笑されたのではないかとも思う。

でも、薔薇よりも六月の紅い百合(というのは、
百合の中で森茉莉が唯一好きな種類である)よりも、
「今は紫のと、薄黄色とのスターチスを、待っている」
という森茉莉の可愛らしいこと。

年のことを言ったら森茉莉は怒るかもしれないが
このとき森茉莉は81歳である。81歳のグラン・マダムが、
そんなに高価な花でもないスターチスの薄黄色のが
届けられるのを、子供のように一途に待っているのである。

東京に出荷されるスターチス類は、多く千葉県などで
栽培されている。産地である奥様の実家から、
市場を通さずおそらくは「白川さん」じきじきに
抱えて持ってくるのであろう薄黄色のスターチスには、
輸送途中で落ちてしまうことの多い星型の小花が、
こぼれずに残っていたかもしれない。

それを見た森茉莉は狂喜して
「薄黄色のにも星が出るのね」と言ったかもしれない。

その後、ドッキリチャンネルにはスターチスの話題が出ないから
待っていた薄黄色のスターチスを森茉莉が貰えたかどうかは
わからない。たぶん、貰えたと思うのだけど。
薄黄色のガクに浮かぶ濃い黄色の星に、森茉莉は出会えたろうか。

ところで、お庭番は森茉莉が花や植物の描写でよく使う、
「細かな」という言葉がとても好きだ。森茉莉が、
花や葉をさして「細かな」と書くたびに、お庭番は
森茉莉がその花や葉に向ける愛情を感じる。
お庭番は森茉莉の文体の影響を無意識に受けているので、
つい森茉莉調に書いてしまうが、「細かな」と書く時の森茉莉は
「ひどく柔しい(やさしい)」感じがして好きなのだ。

それから森茉莉は、花の描写に「星のような」という言葉を
使うのも好きらしい。サフランの花のことを、
「白くて、星が花に化った(なった)ような」と書いている。
そう書いた箇所では、サフランのほかに白い薄荷の花と、
白いジャスミンも好きだと書いている。

しかし、サフランと薄荷の花とジャスミンを並べて、
どれも「似た花である」と書いているのはお庭番としては
納得がいかないのだが。色は確かに、みな白、あるいは
白っぽい薄紫だが、薄荷の花とジャスミンとサフランは
形から何から違うと思うのだけど。これまた、森茉莉的
大雑把としか言いようがない。

また、サフランの色を「白」と形容しているのが不思議な感じもする。
この花は、森茉莉が子供の頃に見た思い出の花なので
父・鴎外が植えた花のひとつだと思うのだが、鴎外は
わざわざ白花のサフランを植えたのだろうか。普通、
サフランといったら薄紫の花だと思うが。

お庭番が「白くて、星が花に化ったような花」と言いたいのは
サフランではなくイフェイオン(ハナニラ)である。
ほとんど白に近い薄紫のと、純白のとがあって、
本当に星のような六弁の花である。

葉と茎に、ニンニク臭があるし、摘むとすぐ萎れてしまうので
切花には向かないが、花そのものには甘い香りがある。
清楚で、森茉莉に見せたってきっと気に入ってくれる筈、
とお庭番は思っている。きっと「ハナニラという名前は
気に入らないが、イフェイオンというのはいい」と言って
何かイフェイオンという言葉の響きについてのイメージを
喋ってくれそうな気がする。

今、お庭番の花壇では薄紫のイフェイオンが花ざかりである。
明日にでも、デジカメを持って庭に降りて撮影してみようかと思う。
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by ura_hoshimi | 2007-04-07 20:37 | お庭番記す